ひとみ幼稚園長束道場 各位

令和5年 7月吉日

(公財)合気会公認道場

ひとみ幼稚園長束道場

“・・を身につける”ということ

 『身体で覚えや!』、スポーツ界では良く使われているこの言葉、これと同義語と思う今回の『・・を身につける』という言葉、でも最近は余り耳にしません。 死語となりつつ…、か?

効率や即効性を追求しがちな今の世の中ではそぐわぬ言葉、また『コツコツ感』や地道で時代に合わぬ考え方や方法であり、習得に時間を要するからか?!

 

 私見ですが、微妙な体捌きの追求を要する合気道の稽古では、最適と思えるこの言葉、例えば『呼吸力を身につけること』、他の表現ではピッタリのものはないように思います…!!

再現可能で勝れた結果を求める最適と思えるこの指導における考え方、現在はともかく過去においては、一般的な知識・学問・技術の習得の過程において使用されていました。

特に技能・技術、そのことが身についていれば“とっさ!”の場合、居着くことなく“さっ!と”最適に対応可能であり、非日常的な動きの、特に武道・武術の世界では必須です。 

型稽古の型は武術の動きのエキスを集約したものであり、この体系化された正しい型を繰り返し繰り返し稽古し、潜在脳に覚え込ます、即ち“身につけさせる”ことが必須です。 

これが型稽古の求めているところであり、合気道もこうした稽古法を採っています。

 

 先日、それ関連の本を読み返していたらその中に、武道・武術とスポーツ化した武道・武術との違いについて再認識させてくれる話が載っていました。(下記の⇒ 部位)  

合気道を改めて、武道・武術としてとらえ直す必要性を私は強く感じた次第です。

   

『ある夜中、剣道(現行の剣道はスポーツ化したポイント剣道で、私は竹刀競技だ、と思っています…。実は、私はこの剣道の経験者で、一応、有段者です。)の高段者で全国的にもかなり名前の知れた方の家に、泥棒が忍び込んだ。

その物音に気づいた高段者が目を覚まし、捕り物劇が始まった。

その中で、泥棒が床の間にあった日本刀を手にして、高段者に斬りかかった。

かの高段者、サッ!と身をかわし…ではなく、試合や日頃の練習で行われている部分的にかわすやり方、例えば、面打ちに対して習い性になっている、頭だけをヒョイ!とかわすやり方であったためか、身体をバッサリ!!

数日後、誠にお気の毒ながら他界された。』、と言うものです。

 

 この話の様子から高段者の方は現代剣道、即ちポイント剣道の剣道家のようです。

 現代剣道と伝統武術である剣道(剣術)との大きな違いは、まず現代剣道での有効打は部位(メン、コテ、ドウ部)は限定、そこは本来は鎧を纏っており、更にスネ部もあり、です。

次に試合中に竹刀同士をガチャ・ガチャ、バシッ・バシッと打ち当てる行為は刀であれば傷がつこうし、また、スポーツ化したポイント剣道は相打ちに近くても先もの勝ちであり、本来の剣道は触れれば切れるため刀の扱いや攻撃の線をヒョイ!でなくキッチリ外す身体のかわし方であり、実戦を想定した伝統的な剣道との間には上記ような違いがあります。

 

 合気道の稽古においても、本来は武道・武術であるはずの合気道ですが、スポーツ化した武道・武術、もしくはそれに近い状況を度々目にしています。

例えば、相手の打ってくる手(腕)を受け止めたり、握ったり…での対応、です。 

しかし、本来は、相手の打ってくる手は手刀である、と想定して対応すべきです。 

もしも、日本刀ならバッサリ!であり、ガバッと握り込むことで相手は違和感を持ちます。

 

 繰り返しになりますが、この合気道は型稽古の武道・武術であり、和合の武術です。 

当然、ゆったりした稽古であっても、その人の考え方や取り組み方次第では、武道・武術としての合気道の稽古はできます!! 耳タコの話ですが、『皆様方はそれぞれの稽古では主人公であり、取り・受け時の彼我の技の効き具合を感じて自己の技の参考とする、などの前向きさが必要』、と求めております。 長い間には相当差が出ますよ…!

 

 辛口の話となりましたが、先の高段者の話を反面教師的にとらえ、他山の石として下さい。  合気道をやるからには、より高度な、本物の合気道を求めて稽古をしたいものです。 “より高みを目指し”、意識して基礎・基本からしっかり稽古して参りましょう!!

以上

 

(文責:村田義昭、既配布の『ちょっとお目を拝借』を加筆・編集し直したもの。R5.7.23.)